概要
ポンペイとヘルクラネウムが埋まった。小プリニウスの書簡が当時の様子を伝える唯一の同時代記録。
場所
ポンペイ
40.75°N 14.49°E · イタリア・カンパニア州
40.75°N 14.49°E · イタリア・カンパニア州
本文
午後に噴煙が上がり、 翌日の朝までに二つの都市が埋まった。
ポンペイは軽石と火山灰で埋まり、 ヘルクラネウムは火砕流に呑まれた。
小プリニウスの書簡が、 同時代の記録として唯一残る。 17歳だった彼は、対岸から見ていた。 噴煙の形を「傘松のようだった」と書いている。
伯父の大プリニウスは、 博物学者であり艦隊の司令官でもあった。 救助と観察のために船を出し、そこで死んだ。
火山灰に埋もれたことで、 建物も、壁の落書きも、パンも、そのまま残った。 選挙の候補者を推す張り紙、 店の看板、風刺の落書き。
遺体が腐って空洞になったところに石膏を流し込む方法で、 死んだ瞬間の姿が復元されている。
この噴火の型は、いまも「プリニー式」と呼ばれる。
出典(2)
小プリニウス 『書簡集』6.16, 6.20
塩野七生 『ローマ人の物語』VIII 危機と克服