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Event / できごと

匈奴の南北分裂

Xiongnu split
AD48年
重要度 3

概要

南は漢に従い、北は西へ去った。北匈奴の行方は分かっておらず、フン族との関係も証明されていない。

場所

モンゴル高原位置は特定されていない(誤差 ±600km)
47.00°N 103.00°E · モンゴル・中国内モンゴル(匈奴から突厥までの本拠)

本文

内紛と自然災害が重なり、匈奴が南北に分かれた。

南匈奴は漢に従い、長城の内側に住むことを許された。 北匈奴は西へ去る。

北匈奴のその後は、分かっていない。

4世紀にヨーロッパへ現れたフン族と 同一だとする説が18世紀から唱えられてきた。 名前の類似が根拠になる。

言語学的にも考古学的にも、 決定的な証拠は出ていない。

時間も距離も、隔たりが大きすぎる。

南匈奴のほうは、漢の内側で数世紀暮らし、 やがて漢化していった。

そして4世紀、その子孫が 華北で国を建てる(五胡十六国)。

内側に入れた集団が、 帝国が弱ったときに主役になる。

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