概要
南は漢に従い、北は西へ去った。北匈奴の行方は分かっておらず、フン族との関係も証明されていない。
場所
モンゴル高原位置は特定されていない(誤差 ±600km)
47.00°N 103.00°E · モンゴル・中国内モンゴル(匈奴から突厥までの本拠)
47.00°N 103.00°E · モンゴル・中国内モンゴル(匈奴から突厥までの本拠)
本文
内紛と自然災害が重なり、匈奴が南北に分かれた。
南匈奴は漢に従い、長城の内側に住むことを許された。 北匈奴は西へ去る。
北匈奴のその後は、分かっていない。
4世紀にヨーロッパへ現れたフン族と 同一だとする説が18世紀から唱えられてきた。 名前の類似が根拠になる。
言語学的にも考古学的にも、 決定的な証拠は出ていない。
時間も距離も、隔たりが大きすぎる。
南匈奴のほうは、漢の内側で数世紀暮らし、 やがて漢化していった。
そして4世紀、その子孫が 華北で国を建てる(五胡十六国)。
内側に入れた集団が、 帝国が弱ったときに主役になる。