概要
クーデタで夫を退け、34年統治した。啓蒙思想と文通しながら、農奴制はむしろ強めている。
所属
ロシア帝国関わったできごと(1)
プガチョフの乱AD1773年 · 鎮圧した本文
ドイツの小領主の娘として生まれ、 14歳でロシア皇太子と結婚するために来た。 ロシア語を必死に覚え、正教に改宗している。
夫が即位して半年でクーデタを起こし、 夫は退位後まもなく殺された。 関与の有無は分かっていない。
啓蒙専制君主と呼ばれる。 ヴォルテールやディドロと文通し、 法典編纂の指針を自ら書き、 学校と病院を作らせた。
同時に、農奴制はむしろ強化された。 貴族の支持で位に就いた以上、 その基盤には手を付けられない。 プガチョフの反乱の後は、統制がさらに厳しくなる。
ポーランド分割に加わり、 クリミアを併合した。 啓蒙を語りながら、やったことは領土の拡張になる。