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Event / できごと

プガチョフの乱

Pugachev's Rebellion
AD1773年
重要度 3

概要

コサックが死んだ皇帝を名乗り、農奴とウラルの労働者を集めてヴォルガ流域を席巻した。鎮圧後、エカチェリーナは農奴制をむしろ強めた。

場所

カザン
55.80°N 49.11°E · ロシア・タタールスタン共和国

関わった人(1)

エカチェリーナ2世AD1729年5月2日–AD1796年11月17日 · 鎮圧した

本文

ドン・コサックのプガチョフが、 死んだ皇帝ピョートル3世を名乗った。

エカチェリーナに廃位されて殺された夫になる。

生きていて、農民を救いに来た、と。

ウラル・コサック、バシキール人、 ウラルの工場労働者、そして農奴が集まった。

農奴の解放と、土地の分配を約束している。

1773年から2年、ヴォルガ流域を席巻した。

カザンを焼き、要塞を落とした。

貴族と役人を吊るした。

正規軍が戻ってきて敗れ、 仲間に売られて捕らえられた。

モスクワで四つ裂きの刑になった。

エカチェリーナは、 啓蒙君主として農奴制の緩和を考えていた時期がある。

この乱のあと、やめた。

貴族の支持が要ると分かったためになる。

農奴制は、むしろ強められた。

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