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Event / できごと

プラッシーの戦い

Battle of Plassey
AD1757年6月23日
重要度 5

概要

東インド会社がベンガルを手に入れた。会社が領土を統治するという異様な形で、インド支配が始まる。

場所

プラッシー位置は特定されていない(誤差 ±8km)
23.80°N 88.25°E · インド・西ベンガル州

本文

東インド会社の軍が、ベンガル太守の軍を破った。

兵力は、太守側が十数倍だった。

決め手は寝返りになる。

クライヴは、太守の司令官ミール・ジャアファルと 事前に取引していた。 勝てば太守にする、と。

戦場で、その部隊が動かなかった。

実際の戦闘は数時間で終わった。

意味は、その後になる。

会社が、ベンガルの徴税権を得た。

商業の会社が、 数千万人の土地から税を取る主体になった。

その収入で、さらに軍を雇う。 その軍で、さらに領土を広げる。

株主に配当を出す組織が、 国のように統治するという形が始まる。

100年後、インド大反乱を経て、 イギリス政府が直接統治に切り替える。

出典(1)

ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之 訳) サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

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