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Event / できごと

ジュンガルの滅亡

Destruction of the Dzungar Khanate
1755年 – 1758年
期間を持つできごと重要度 4

概要

清が最後の遊牧帝国を消した。住民の多くが殺されるか疫病で死に、2000年続いた草原と農耕の力関係がここで終わる。

場所

イリ渓谷位置は特定されていない(誤差 ±200km)
43.90°N 81.30°E · 中国・新疆/カザフスタン(ジュンガルの本拠)

本文

清が、最後の遊牧帝国を消した。

ジュンガルは、モンゴル系の一派になる。 17世紀から中央アジアで力を持ち、 清と70年争っていた。

内紛に乗じて、清が大軍を送った。

乾隆帝の命令が、徹底していた。 投降しても許すな、と。

住民の多くが殺され、 残りは天然痘と飢えで死んだ。 人口の8割が失われたとする推計がある。

ジェノサイドと呼ぶ研究者がいる。

空になった土地に、 ウイグル人、漢人、回族が移された。

いまの新疆の人口構成は、ここから始まる。

意味は、それだけではない。

2000年、農耕社会を脅かしてきた 草原の遊牧勢力が、ここで終わった。

火器と補給の技術が、騎馬を上回った。

同じ時代のできごと

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