概要
フランクをまとめ、カトリックを選んだ。西ヨーロッパの王権と教会が結びつく起点になる。
所属
フランク王国関わったできごと(1)
クローヴィスの改宗AD496年頃(508年説もある) · 当人本文
15歳で小さな部族の王になった。
30年で、ガリアの大半をまとめた。
やり方は、他のフランクの王を一人ずつ倒すことだった。 親族を含む。 その顛末を、トゥールのグレゴリウスが記録している。
カトリックを選んだことが、後々効いた。
他のゲルマン諸王はアリウス派で、 征服した土地のローマ系住民から異端と見られた。 彼はそう見られなかった。
司教たちが行政に協力した。 文字を読み書きし、実務を担えるのは 当時ほぼ聖職者しかいない。
パリを都と定めた。
死後、慣習に従って四人の息子に王国を分けた。 その分割相続が、 以後のフランク王国を繰り返し分裂させることになる。