概要
フランク王がカトリックを選んだ。ほかのゲルマン諸王が異端とされる宗派を採った中で、これが後々効いてくる。
場所
ランス
49.26°N 4.03°E · フランス
49.26°N 4.03°E · フランス
関わった人(1)
クローヴィス1世AD466年頃–AD511年 · 当人本文
フランク王クローヴィスが、カトリックの洗礼を受けた。
同時代の他のゲルマン諸王—— 西ゴート、東ゴート、ヴァンダル、ブルグント——は、 アリウス派を採っていた。 ニケーア公会議で異端とされた宗派になる。
その違いが効いた。
征服した土地のローマ系住民は、カトリックである。 アリウス派の王は、住民から異端の支配者と見られる。 クローヴィスは、そう見られなかった。
司教たちが協力した。 行政の実務を担えるのは、当時ほぼ聖職者しかいない。
年代は496年とされてきたが、 508年説もある。
妻クロティルドが説得し、 戦いの窮地で神に祈って勝ったから改宗した、 という筋で伝えられる。 コンスタンティヌスの話とよく似ている。
西ヨーロッパの王権と教会が結びつく起点になった。