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Event / できごと

テオドリックのイタリア統治

Theodoric's rule in Italy
AD493年
重要度 4

概要

ゴート人が軍を担い、ローマ人が行政を担う。元老院も法もそのまま使った。ボエティウスを重用し、そして処刑した。その死後、東ローマが攻め込む。

場所

ラヴェンナ
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州

関わった人(1)

テオドリック大王AD454年頃–AD526年8月30日 · 王

本文

東ローマ皇帝が、テオドリックをイタリアへ送った。

オドアケルを倒せ、と。

厄介な同盟者を、別の厄介者にぶつけた形になる。

4年戦って、和議を結んだ。

共同統治の宴席で、テオドリックがオドアケルを斬った。

493年。

統治のやり方が、それまでのゲルマンの王と違った。

ローマの制度を壊さなかった。

元老院を残し、執政官を任命し、 ローマ法をローマ人に適用しつづけた。

ゴート人は軍を担い、税を払わない。

ローマ人は行政と徴税を担い、兵にならない。

二つの民族が、別々の法で同じ国に住む。

土地の三分の一をゴート人に配った。

ラヴェンナに宮殿とモザイクを残した。

問題は、宗教だった。

ゴート人はアリウス派で、ローマ人はカトリック。

晩年、東ローマとの関係が悪化し、疑い深くなった。

ボエティウスを反逆の疑いで処刑する。

その2年後に死んだ。

同じ時代のできごと

マダガスカルへの到達AD5〜8世紀エフタルの侵入5世紀後半祖沖之の円周率AD480年頃百済の漢城陥落AD475年西ローマ帝国の滅亡AD476年テオドリックのイタリア王国AD493年孝文帝の洛陽遷都と漢化AD494年クローヴィスの改宗AD496年頃(508年説もある)