概要
ゴート人の王がローマの制度と役人をそのまま使って治めた。西ローマが「滅んだ」あとも日常は続いている。
場所
ラヴェンナ(総督府)
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
関わった人(1)
テオドリック大王AD454年頃–AD526年8月30日 · 当人本文
テオドリックが、オドアケルを倒してイタリアを支配した。
やり方が特徴的になる。
ローマの制度をそのまま使った。 元老院は開かれ、執政官は任命され、 ローマ法が適用される。
自分は「王」を名乗り、皇帝は名乗らない。 東ローマ皇帝の権威を形式上認めている。
ゴート人が軍を、ローマ人が行政を担う。 役割を分けた。
宗教は違った。 ゴート人はアリウス派、ローマ人はカトリック。 それでも、当初は共存させている。
ボエティウスやカッシオドルスといった ローマ人の学者が仕えた。
そのボエティウスを、後に反逆の疑いで処刑する。 獄中で書かれた『哲学の慰め』は、 中世を通じて広く読まれた。
西ローマが「滅んだ」あとも、 日常はしばらく続いていた。