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Event / できごと

テオドリックのイタリア王国

Ostrogothic Kingdom of Italy
AD493年 – AD553年
期間を持つできごと重要度 3

概要

ゴート人の王がローマの制度と役人をそのまま使って治めた。西ローマが「滅んだ」あとも日常は続いている。

場所

ラヴェンナ(総督府)
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州

関わった人(1)

テオドリック大王AD454年頃–AD526年8月30日 · 当人

本文

テオドリックが、オドアケルを倒してイタリアを支配した。

やり方が特徴的になる。

ローマの制度をそのまま使った。 元老院は開かれ、執政官は任命され、 ローマ法が適用される。

自分は「王」を名乗り、皇帝は名乗らない。 東ローマ皇帝の権威を形式上認めている。

ゴート人が軍を、ローマ人が行政を担う。 役割を分けた。

宗教は違った。 ゴート人はアリウス派、ローマ人はカトリック。 それでも、当初は共存させている。

ボエティウスやカッシオドルスといった ローマ人の学者が仕えた。

そのボエティウスを、後に反逆の疑いで処刑する。 獄中で書かれた『哲学の慰め』は、 中世を通じて広く読まれた。

西ローマが「滅んだ」あとも、 日常はしばらく続いていた。

同じ時代のできごと

マダガスカルへの到達AD5〜8世紀エフタルの侵入5世紀後半祖沖之の円周率AD480年頃百済の漢城陥落AD475年西ローマ帝国の滅亡AD476年テオドリックのイタリア統治AD493年孝文帝の洛陽遷都と漢化AD494年クローヴィスの改宗AD496年頃(508年説もある)