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Person / 人

コンモドゥス

Commodus
AD161年8月31日 – AD192年12月31日(享年31)
ローマ帝国重要度 3

概要

マルクス・アウレリウスの息子。ゲルマン戦争を金で終わらせ、闘技場で剣闘士として戦い、自分をヘラクレスと呼び、ローマを自分の名に改めた。愛人と侍従に毒を盛られ、それが効かず、風呂で絞められた。

所属

ローマ帝国

関わったできごと(1)

コンモドゥスの暗殺と五皇帝の年AD192年12月31日 · 皇帝

本文

ローマ生まれで、皇帝の息子として生まれた最初の皇帝になる。 それまでの五賢帝は、みな養子で継いでいた。 父マルクス・アウレリウスに実子がいた、というだけのことで、 養子相続の伝統は終わった。

父とともにドナウの前線にいて、 180年、19歳で父が死ぬと、部族と講和して帰った。 2年後、姉ルキッラが暗殺を企て、失敗した。 それから人を信じなくなった、と伝記は言う。

政治は寵臣に任せた。 ペレンニス、次にクレアンデル。 どちらも民衆と兵に憎まれて殺され、コンモドゥスは その都度、殺した側についた。

自分をヘラクレスの生まれ変わりとし、 獅子の皮をかぶった像を作らせた。 闘技場で剣闘士として戦い、 片腕や片足のない者を巨人の怪物に仕立てて棍棒で殴った。 ダチョウの首を落として、元老院議員に見せて笑った。 議員たちは、笑い出さないよう月桂樹の葉を噛んだ、と その場にいたカッシウス・ディオが書いている。

192年、ローマの月の名をすべて自分の名前に変えた。 12の名をすべて。 大晦日に殺された。 元老院は記録から名を消すことを決め、 数年後に、セウェルスが神格化した。