概要
議会軍を率いて王を処刑し、共和政の護国卿になった。その統治もまた独裁と呼ばれる。
関わったできごと(1)
清教徒革命と国王処刑1642年 · 議会側本文
40歳を過ぎるまで、無名の地主だった。
議員になり、内戦が始まると 自ら騎兵隊を組織した。
「鉄騎隊」と呼ばれる。
規律を厳しくし、 出自ではなく信仰と能力で登用した。
「私は、自分が何のために戦っているかを知り、 自分の知ることを愛する、 素朴な赤上着の隊長を選ぶ」と書いている。
王を裁く法廷を設け、処刑した。
その後、護国卿になる。
議会を何度も解散した。 王がやったのと同じことになる。
アイルランドでの遠征が、いまも問題にされる。 ドロヘダとウェックスフォードでの虐殺で、 アイルランドでは最も憎まれる人物の一人になる。
死後、王政が復古すると、 遺体が掘り出されて処刑された。
頭部が20年以上、槍に刺して晒された。