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Person / 人

キュロス2世

Cyrus II
BC600年頃 – BC530年(享年70・推定)
アケメネス朝ペルシア重要度 5

概要

アケメネス朝の創始者。バビロンを無血で降し、捕囚のユダヤ人を故地へ帰した。

別名

キュロス大王

関わったできごと(1)

キュロスのバビロン征服BC539年 · ペルシア側 · 総指揮

本文

アケメネス朝の創始者。 メディア、リュディア、新バビロニアを次々に降した。

やり方が、それまでの征服者と違った。

征服した土地の宗教と慣習を認めた。 バビロンでは自らをマルドゥクに選ばれた者と称し、 連れ去られていた神々の像を元の神殿へ返した。

捕囚のユダヤ人に帰還を許した。 旧約聖書は、この異教の王を 「主が油を注いだ者(メシア)」と呼ぶ。 ユダヤ人以外にこの語が使われるのは、ここだけになる。

キュロス・シリンダーが 「世界最初の人権宣言」と呼ばれることがある。 実際には、征服者が現地の神官団の支持を得るための 宣伝文書という性格が強い。

寛容だったのは思想ではなく、 広い版図を少ない人数で治めるための方法だった、 という見方もできる。

中央アジアの遊牧民との戦いで死んだ。