概要
ペルシアがほぼ無血でバビロンに入り、捕囚のユダヤ人は故地へ帰ることを許された。
場所
バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
関わった人(1)
キュロス2世BC600年頃–BC530年 · ペルシア側 · 総指揮本文
キュロス2世が、ほぼ戦わずにバビロンに入った。
バビロンの王ナボニドゥスが マルドゥク神の祭儀を軽んじ、 神官団の支持を失っていたためとされる。 門が内側から開かれたという説がある。
キュロスは、自分をマルドゥクに選ばれた者として宣言した。 征服者ではなく、解放者として振る舞っている。
キュロス・シリンダーと呼ばれる粘土の円筒に、 その宣言が刻まれている。 神々の像を元の神殿へ返し、 連れ去られた人々を故地へ帰す、と。
捕囚のユダヤ人も帰ることを許された。 旧約聖書は、この異教の王を 「主が油を注いだ者」と呼んでいる。 ユダヤ人でない人物にこの語が使われるのは、ここだけになる。
キュロス・シリンダーは 「最初の人権宣言」と呼ばれることがある。 実際には、征服者が神官団の支持を得るための 宣伝文書という性格が強い。
出典(1)
ヘロドトス 『歴史』第1巻 188–191