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Person / 人

段思平

Duan Siping
? – AD944年
南詔と大理重要度 2

概要

南詔のあとの短い王朝を倒し、大理を建てた。段氏の王家は22代続き、その多くが退位して僧になる。武侠小説の「段皇爺」の元になった家。

所属

南詔と大理

関わったできごと(1)

大理国の成立AD937年 · 建国

本文

南詔の武将の家に生まれた。 祖先は漢の武威(甘粛)から来た、と家系は言う。 通海の節度使だったとき、大義寧の王に疎まれて逃げた。

東方の三十七部(いまの雲南東部の諸族)に兵を借り、 937年に都の大理を落として王になった。 借りた兵には税を免じた、と伝わる。

在位8年で死んだ。 段氏の王家はそのあと22代、1253年まで続き、 モンゴルに降ってからもさらに130年、総管として雲南を治めた。

金庸の『天龍八部』に出てくる大理の段皇爺は、この家の後裔として書かれた。 一陽指の名手が実在したかは、もちろん分からない。