概要
南詔のあとの混乱を段思平が収めた。仏教の国で、22代の王のうち9人が退位して出家した。宋は北の遼と金に追われて、ここに手を出さなかった。
場所
大理
25.61°N 100.27°E · 中国・雲南省
25.61°N 100.27°E · 中国・雲南省
関わった人(1)
段思平?–AD944年 · 建国本文
南詔は902年に倒れ、 そのあと三つの短い王朝が35年のあいだに入れ替わった。
段思平は南詔の武将の家系で、通海の節度使をしていた。 937年に東方の三十七部の力を借りて都を落とし、大理を建てた。
大理は仏教の国だった。 王の多くが在位ののち出家し、22代のうち9人が僧になっている。 宋の太祖は「大渡河より南は宋の地にあらず」と言って 手を出さなかった、と伝わる。
1253年、モンゴルのクビライが吐蕃を回って南から入り、大理を落とした。 段氏はそのまま総管として残され、元のあいだ雲南を治め続けた。