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Event / できごと

渤海の滅亡

Fall of Balhae
AD926年
重要度 3

概要

契丹が攻め、都は一か月で落ちた。228年の国が消える。遺民は高麗へ逃げ、王子が高麗の王族として迎えられた。

場所

上京竜泉府
44.12°N 129.17°E · 中国・黒竜江省寧安市

本文

925年の冬、契丹の耶律阿保機が親征した。 扶余府を三日で落とし、上京を囲んで六日で開かせた。 王の大諲譔は白い服を着て降った。

契丹は渤海の地に東丹国を置き、阿保機の長男を王にした。 だが阿保機はその帰途に死に、東丹国は数年で内地へ移される。 渤海の遺民は高麗へ流れ、王族の大光顕は高麗の王氏の姓を与えられた。

滅亡の理由は史料にはっきりしない。 白頭山の噴火が原因という説は、年代が合わないとして退けられている。 228年の国について、渤海自身の記録はほとんど残らなかった。 唐・日本・契丹の側の記録だけで、この国は知られている。

同じ時代のできごと

唐の滅亡AD907年クリュニー修道院の創立AD910年ノルマンディー公国の成立AD911年シメオンの皇帝称号AD913年契丹(遼)の建国AD916年高麗の成立AD918年コルドバのカリフ宣言AD929年アルシングの開設AD930年