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Event / できごと

ブワイフ朝のバグダード入城

Buyids enter Baghdad
AD945年
重要度 4

概要

カスピ海の南のダイラム人の兄弟が、シーア派のままバグダードに入り、スンナ派のカリフを傀儡にした。カリフは印章を押すだけの人になる。100年後、セルジュークが同じことをする。

場所

バグダード
33.32°N 44.37°E · イラク

本文

ダイラム。 カスピ海の南岸の山地。 イスラームの征服から300年、ほとんど改宗していなかった。 9世紀にザイド派のシーア派が入り、 戦士が傭兵として出ていくようになった。

ブワイフ(ブーヤ)の三人の息子。 アリー、ハサン、アフマド。 父は漁師だった、とされる。 傭兵から始め、 934年にファールスを取り、 ハサンがレイとエスファハーンを、 アフマドがフーゼスターンとイラクへ。

945年12月、アフマドがバグダードに入った。 軍のトルコ人司令官は逃げていた。 カリフのムスタクフィーはアフマドを迎え、 「ムイッズ・アッダウラ」(国家の栄光)の称号を与え、 アミール・アル・ウマラー(大アミール)にした。 兄にイマード・アッダウラ、ハサンにルクン・アッダウラ。 「国家の柱」。

40日後、ムイッズ・アッダウラはカリフを廃した。 宮殿から引きずり出し、目を潰した。 ムティーウを立てた。 カリフの収入は年5000ディナールだけになった。 カリフは金曜礼拝で名を呼ばれ、 印章を押し、 称号を与える。 それだけ。

シーア派がスンナ派のカリフを傀儡にした。 だがカリフを廃止しなかった。 アリー家のカリフを立てもしなかった。 アッバースの正統性は、使い道があった。

963年、ムハッラム月10日を公の追悼の日にした。 市場を閉じ、女が顔を黒く塗って街を歩いた。 ガディール・フンムの祭りも。 バグダードのスンナ派とシーア派が、 毎年、その日に殴り合った。

アドゥド・アッダウラ(978〜983)が最盛期。 バグダードに病院を建て、 シーラーズに図書館を建て、 アリーの墓(ナジャフ)に廟を建てた。 1055年、セルジュークのトゥグリルがバグダードに入り、 ブワイフの最後のアミールを獄に入れた。 スンナ派のトルコ人が、同じことをカリフに対してした。

同じ時代のできごと

渤海の滅亡AD926年コルドバのカリフ宣言AD929年アルシングの開設AD930年カラハン朝のイスラーム受容AD960年頃大理国の成立AD937年白藤江の戦いAD938年平将門の乱AD939年藤原純友の乱AD939年