概要
草原のトルコ系の王朝が、初めて国としてイスラームを受け入れた。以後、中央アジアのトルコ語圏がイスラーム世界に組み込まれていく。
場所
ブハラ
39.77°N 64.43°E · ウズベキスタン
39.77°N 64.43°E · ウズベキスタン
本文
中央アジアの草原に住むトルコ系の人びとは、 長くテングリ信仰と、仏教とマニ教のあいだにいた。
10世紀の半ば、カラハン朝の君主サトゥク・ボグラ・ハンがイスラームに改宗した。 960年ごろ、20万張の天幕がそれに続いたと、 アラビア語の年代記は伝える。数字はそのままには取れない。
国としてイスラームを受け入れたトルコ系の王朝は、これが最初になる。
意味は大きかった。 これ以後、中央アジアのトルコ語圏はイスラーム世界の一部になり、 そこから出た軍人と王朝が、西アジアとインドを支配していく。 セルジューク朝も、ガズナ朝も、のちのオスマン朝も、この流れの先にある。
11世紀のカラハン朝では、トルコ語で書かれた最初の大きな作品が生まれた。 『クタドゥグ・ビリグ(幸福になるための知恵)』と、 マフムード・カーシュガリーの『トルコ語集成』になる。
草原の言葉が、文字を持つ言葉になった時期にあたる。