概要
武人ではなく文官が国を運営する体制になった。経済と技術が大きく伸びる。
場所
開封
34.80°N 114.31°E · 中国・河南省
34.80°N 114.31°E · 中国・河南省
関わった人(1)
趙匡胤(宋の太祖)AD927年–AD976年 · 太祖本文
趙匡胤が、部下に推されて即位した。
前の王朝でも同じことが起きていた。 武人が兵に担がれて帝位に就く。
そこで、自分の代でそれを止めることにした。
功臣を宴に招き、 「あなた方の部下が同じことをしたらどうする」と語り、 兵権を返上させて領地と財産を与えた。 「杯酒釈兵権」と呼ばれる。
以後、文官が武官の上に立つ体制になる。 科挙の合格者が国を運営する。
結果、内乱は激減した。 経済と技術と文化が伸びる。
同時に、軍が弱くなった。
遼に、金に、そしてモンゴルに押される。 毎年の贈り物で平和を買う形が常態になる。
内を安定させる設計が、 外への弱さと引き換えになった。