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Event / できごと

馮道の儒教経典刊行

Feng Dao prints the Confucian classics
AD953年
重要度 3

概要

932年に始めて21年、九経を木版で刷って完成させた。国が経典を印刷した最初になる。五代の乱の中で、宰相が始めた事業が、王朝を四つ越えて終わった。

場所

開封
34.80°N 114.31°E · 中国・河南省

関わった人(1)

馮道AD882年–AD954年 · 宰相

本文

五代の後唐、932年。 明宗のとき、宰相の馮道と李愚が上奏した。 「儒教の経典は、写しごとに違い、誤りが多い。 唐の開成石経(837年に長安の石に刻んだもの)を元に、 国子監で校正して、木版で刷って、天下に頒つべし」。

石経は石に刻んで拓本を取るもので、 開成石経は65万字、114枚。 それを木版に彫る。 仏典と暦と字書は、それまでも刷られていた。 経典を、国が刷るのは初めてだった。

国子監の田敏が校正を指揮した。 後唐が滅び、後晋が立ち、 後晋が滅び、後漢が立ち、 後漢が滅び、後周が立った。 その間、事業は続いた。 馮道は四つの王朝で宰相だった。

953年、後周の太祖の広順3年、完成。 九経。 『易』『書』『詩』『周礼』『儀礼』『礼記』『春秋左氏伝』『公羊伝』『穀梁伝』。 『論語』『孝経』『爾雅』も。 130巻。 21年。 「五代監本」。

売った。 国子監が刷って、売った。 それまで経典は、写すか、石経の拓本を取るか、だった。 本が、買えるものになった。 宋の科挙は、これで学んだ者が受けた。

宋の人は馮道を軽蔑した。 欧陽脩、「廉恥がない」。 司馬光、「奸臣の尤なる者」。 だが同じ宋の人が、 『夢渓筆談』で、 「版本は五代の馮道に始まる」と書いた。

いま「五代監本」は一枚も残っていない。 だが宋の刻本の多くは、これを元にしている。 1000年後、 「五代十国は何もない時代」と教科書は書くが、 本を買えるようになったのは、その時代になる。

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