概要
時間と空間が絶対でないと示した。核兵器の開発を促す手紙に署名し、後に悔いる。
関わったできごと(1)
アインシュタインの奇跡の年AD1905年 · 当人本文
特許局の審査官として働きながら、 1905年に5本の論文を出した。 光量子仮説、ブラウン運動、特殊相対性理論、 質量とエネルギーの等価性。 26歳の年になる。
時間の進み方が観測者によって違う、という主張は、 日常の感覚に反する。 それを支えたのは実験ではなく、 「光の速さは誰から見ても同じ」という一点から 論理を追った結果だった。
ノーベル賞は相対性理論ではなく、 光電効果の説明に対して贈られている。 当時、相対論はまだ受け入れられきっていなかった。
ドイツを離れ、アメリカへ亡命した。 ナチスが先に原爆を作る恐れを訴える手紙に署名し、 その手紙が開発計画の後押しになる。 広島の後、署名を生涯の過ちだったと語った。