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Person / 人

円仁

Ennin
AD794年 – AD864年(享年70・推定)
日本重要度 3

概要

最澄の弟子。最後の遣唐使で渡って9年半留まり、日記『入唐求法巡礼行記』を残した。帰って天台の座主になる。

所属

日本

関わったできごと(1)

円仁の入唐求法AD838年 · 旅した

本文

下野の人で、15歳で比叡山に登り、最澄の弟子になった。

45歳、最後の遣唐使に加わる。

短期の留学の資格だった。

天台山へ行く許可が下りず、 帰りの船を降りた。

密入国になる。

新羅人の居留地に匿われ、 張保皐宛の書状で通行を得る。

五台山に登り、長安に入った。

密教を受け、経典を写した。

会昌の廃仏に遭う。

自分も還俗を命じられ、 俗服で長安を出た。

847年、新羅の船で帰った。

9年半、毎日書いていた。

『入唐求法巡礼行記』。

4巻。

寺と役所と船と物価と天気。

唐の日常を外国人が書いた記録として、 一級のものになる。

帰って、比叡山の第3代座主になった。

死後、慈覚大師の号を受けた。