概要
最澄の弟子。最後の遣唐使で渡って9年半留まり、日記『入唐求法巡礼行記』を残した。帰って天台の座主になる。
所属
日本関わったできごと(1)
円仁の入唐求法AD838年 · 旅した本文
下野の人で、15歳で比叡山に登り、最澄の弟子になった。
45歳、最後の遣唐使に加わる。
短期の留学の資格だった。
天台山へ行く許可が下りず、 帰りの船を降りた。
密入国になる。
新羅人の居留地に匿われ、 張保皐宛の書状で通行を得る。
五台山に登り、長安に入った。
密教を受け、経典を写した。
会昌の廃仏に遭う。
自分も還俗を命じられ、 俗服で長安を出た。
847年、新羅の船で帰った。
9年半、毎日書いていた。
『入唐求法巡礼行記』。
4巻。
寺と役所と船と物価と天気。
唐の日常を外国人が書いた記録として、 一級のものになる。
帰って、比叡山の第3代座主になった。
死後、慈覚大師の号を受けた。