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Event / できごと

円仁の入唐求法

Ennin's pilgrimage to Tang China
AD838年
重要度 3

概要

最後の遣唐使で渡り、9年半唐に留まった。日記に山と寺と役所と物価を書き、会昌の廃仏を目撃した。当時の唐を知る一級の記録になる。

場所

長安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安

関わった人(1)

円仁AD794年–AD864年 · 旅した

本文

838年、最後の遣唐使になる。

円仁は請益僧として乗った。

短期の留学の資格になる。

唐に着いて、天台山へ行く許可が下りなかった。

帰国の船を、密かに降りた。

新羅人の居留地に匿われ、 張保皐の名を出して通行を得る。

五台山へ行き、長安に入った。

その長安で、会昌の廃仏を見た。

寺が壊され、僧が還俗させられる。

自分も還俗を命じられ、俗人の姿で長安を出た。

847年、新羅の商人の船で帰った。

9年半。

日記を書き続けていた。

『入唐求法巡礼行記』。

寺の様子、役所の手続き、物価、天気、船の遅れ。

外国人が書いた唐の記録として、 マルコ・ポーロの400年前に、 より細かいものになる。

帰って、比叡山の座主になった。

出典(1)

円仁 入唐求法巡礼行記全4巻

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