概要
カール大帝の帝国が孫3人に分けられた。この線がフランス・ドイツ・イタリアの骨格になる。
場所
ヴェルダン
49.16°N 5.38°E · フランス
49.16°N 5.38°E · フランス
本文
カール大帝の帝国が、孫3人に分けられた。
ゲルマンの分割相続の慣習による。 長男がすべてを継ぐという決まりが、まだ無い。
分け方が、地理より収入の均等を優先した。 そのため、中部フランクは 北海からイタリアまで細長く伸びる不自然な形になる。
西フランクが、後のフランス。 東フランクが、後のドイツ。 中部フランクは、さらに分割されて ロレーヌ、ブルグント、イタリアになる。
その中部の帰属をめぐる争いが、 以後1100年続く。 アルザス・ロレーヌをめぐる普仏戦争と二つの大戦も、 この線の上にある。
分割の3年前、 兄弟の一人が別の一人と結んだ誓約が 記録に残っている(ストラスブールの誓い)。
古フランス語と古高ドイツ語で書かれた。 言葉が分かれはじめていたことが分かる。