概要
120隻がセーヌを遡り、パリを取った。禿頭王シャルルは銀7000ポンドを払って帰らせた。デーンゲルド(デーン人への金)の最初の大きな例。以後40年で、パリは4回襲われる。
場所
パリ
48.86°N 2.35°E · フランス
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
ラグナルという名の首領が、120隻でセーヌを遡った。 サガのラグナル・ロズブロークと同じ人か、分からない。 845年3月。 パリはシテ島だけの街で、 シャルル禿頭王は軍を二つに分けて両岸に置いた。 ヴァイキングは片方の岸を襲って111人を捕え、 もう片方の岸から見えるように吊るした。 もう片方の軍は逃げた。
復活祭の日、3月29日、パリに入った。 サン・ジェルマン・デ・プレを略奪した。 シャルルは銀7000ポンドを払った。 ヴァイキングは帰り、 帰りにも岸を襲った。 ラグナルはデンマークの王ホーリクに報告した。 「街は無防備で、民は臆病だった」。 そして疫病で、その年のうちに死んだ、と伝える。
デーンゲルド。 金で帰らせる。 フランクの王は以後、これを繰り返した。 金があると分かれば、また来る。
856年、パリはまた焼かれた。 861年、また。 885年から886年、 数百隻がパリを11か月囲んだ。 パリ伯ウードと司教ゴズランが守り、 皇帝カール肥満王が来て、 銀700ポンドを払って、 ヴァイキングにブルゴーニュを荒らす許可を与えて帰らせた。 カールは翌年廃位され、 ウードが西フランクの王に選ばれた。 その家が、ユーグ・カペーの家になる。
911年、シャルル単純王はロロにノルマンディーを与えた。 金の代わりに土地。 セーヌの河口を、ヴァイキングに守らせる。 それで、パリへの遡上は止まった。