概要
司祭の私生児で、修道院を嫌って出た。ギリシア語の新約聖書を印刷し、教会を笑い、ルターに「あなたは正しいが、やり方が」と言い、両方から裏切り者と呼ばれた。「ヨーロッパ最初の知識人」。「エラスムスが卵を産み、ルターが孵した」。
所属
ネーデルラント連邦共和国関わったできごと(1)
エラスムス『愚神礼賛』AD1511年 · 著者本文
ロッテルダム。 1466年10月28日、 あるいは1469年。 「ヘラルト」。 父ロヘル・ヘラルト。 司祭。 母マルガレータ。 医者の娘。 「私生児」。 「ヘラルツゾーン」。 「デシデリウス・エラスムス・ロテロダムス」。 自分で。 「望まれた」「愛される」。 両方とも、 そう意味する。 ラテン語と、 ギリシア語で。 デーフェンテル。 「共同生活兄弟会」。 「近代的敬虔」(デヴォティオ・モデルナ)。 「キリストに倣いて」。 1483年、 両親が、 ペストで。 後見人が、 修道院に。 ステイン。 アウグスティノ会。 1487年。 「私は、 入りたくなかった」。 1492年、 司祭。 1493年、 カンブレー司教の、 秘書。 出た。 戻らなかった。 1495年、 パリ。 コレージュ・ド・モンテギュ。 「腐った卵と、 虱」。 神学を、 嫌った。 「スコラ」。 1499年、 イングランド。 モア、 コレット。 「ギリシア語を」。 1500年、 『格言集』。 「アダギア」。 818。 1508年、 3260。 1536年、 4151。 「急がば回れ」(フェスティナ・レンテ)。 「一つの燕は、 春を、 作らない」。 「戦争は、 経験しない者に、 甘い」。 「愚神礼賛」。 1506年、 イタリア。 トリノ。 神学博士。 ボローニャ。 ヴェネツィア。 アルドゥス。 「格言集」を、 印刷しながら、 書いた。 ローマ。 1509年、 イングランド。 1511年から1514年、 ケンブリッジ。 「ギリシア語を、 教えた」。 1514年、 バーゼル。 フローベン。 1516年、 『新約聖書』。 「ノヴム・インストルメントゥム」。 ギリシア語と、 ラテン語。 「ウルガタは、 間違っている」。 「ヨハネの手紙一、 5章7節」。 「三位一体の、 節が、 ギリシア語の写本に、 ない」。 削った。 「異端」。 第3版で、 戻した。 「写本が、 見つかった」。 「作られた写本」。 1516年、 『キリスト教君主の教育』。 カール5世に。 16歳。 「君主は、 民のために」。 マキァヴェッリの『君主論』が、 書かれたのと、 同じ年。 出版は、 1532年。 1517年、 『平和の訴え』。 「平和が、 自分で、 語る」。 1517年10月31日。 ルター。 1519年、 ルターの手紙。 「私は、 あなたに、 賛成する。 だが」。 「静かに」。 1520年、 「ルターは、 罪を、 犯した。 教皇の冠と、 修道士の腹を、 攻撃した」。 1521年、 ルーヴァンから、 バーゼルへ。 「私は、 どの派にも、 属さない」。 1524年、 『自由意志論』。 「人は、 救いに、 協力できる」。 1525年、 ルター、 『奴隷意志論』。 「あなたは、 懐疑論者。 聖霊は、 懐疑論者では、 ない」。 1529年、 バーゼルが、 プロテスタントに。 フライブルク。 1535年、 バーゼルへ、 戻った。 1536年7月12日。 夜。 「リーヴェ・ゴット」。 愛する神よ。 オランダ語で。 最後の言葉。 70歳。 バーゼル大聖堂。 プロテスタントの、 教会に。 カトリックの、 司祭が。 1559年、 禁書。 「全著作」。 ホルバイン。 肖像。 3枚。 「私は、 自分の顔が、 嫌いだ」。 「醜い」。 「ロッテルダムの、 像」。 1622年。 オランダで、 最初の、 銅像。 「本を、 読んでいる」。 「ページを、 めくる」。 「時計が、 鳴るたびに」。 子供が、 そう、 信じている。 「エラスムス橋」。 「エラスムス大学」。 「エラスムス計画」。 EU。 学生交換。 1987年。 「ヨーロッパの、 市民」。 「私は、 世界の、 市民でありたい」。 「あるいは、 どこの、 市民でもなく」。 「私は、 ロッテルダムの、 市民ではない」。 「本を、 書く。 本は、 どこにでも、 行く」。