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Person / 人

フィルドウスィー

Ferdowsi
AD940年頃 – AD1020年頃(享年80・推定)
ガズナ朝重要度 4

概要

30年かけて『シャー・ナーメ』を書いた。アラビア語に呑まれかけたペルシア語を、この一作が繋ぎ止めたとされる。

関わったできごと(1)

『シャー・ナーメ(王書)』AD1010年 · 作者

本文

地方の小地主の家に生まれた。

30年かけて6万対句を書いた。 その間に財産を使い果たしたとされる。

意図がはっきりしている。 アラビア語が公用語となり、 ペルシア語が学問と行政から追われつつあった。 アラビア語の借用語を極力避けて書いた。

「私は苦労した、この30年で。 ペルシア語をこの一書で生き返らせた」と自ら記している。

ガズナ朝のマフムードに献上した。 報酬が期待より少なかったと伝わる。 一句につき金貨一枚の約束が、銀貨だったと。

風刺の詩を書いて逃げ、 後に王が悔いて金貨を送ったが、 届いたときには葬列が出ていた—— という話が広く語られる。 後世の脚色を含む。

いま、イラン、アフガニスタン、タジキスタンで 共通の古典として読まれている。