概要
30年かけて『シャー・ナーメ』を書いた。アラビア語に呑まれかけたペルシア語を、この一作が繋ぎ止めたとされる。
関わったできごと(1)
『シャー・ナーメ(王書)』AD1010年 · 作者本文
地方の小地主の家に生まれた。
30年かけて6万対句を書いた。 その間に財産を使い果たしたとされる。
意図がはっきりしている。 アラビア語が公用語となり、 ペルシア語が学問と行政から追われつつあった。 アラビア語の借用語を極力避けて書いた。
「私は苦労した、この30年で。 ペルシア語をこの一書で生き返らせた」と自ら記している。
ガズナ朝のマフムードに献上した。 報酬が期待より少なかったと伝わる。 一句につき金貨一枚の約束が、銀貨だったと。
風刺の詩を書いて逃げ、 後に王が悔いて金貨を送ったが、 届いたときには葬列が出ていた—— という話が広く語られる。 後世の脚色を含む。
いま、イラン、アフガニスタン、タジキスタンで 共通の古典として読まれている。