概要
知識は力なり。権威ある書物ではなく観察と実験で自然を問えと説いた。大法官まで上り、収賄で失脚する。
関わったできごと(1)
『ノヴム・オルガヌム』AD1620年 · 著者本文
父はエリザベス女王の国璽尚書。 12歳でケンブリッジに入り、大学で教えられるアリストテレスに失望したと後に書いている。
政治家として生きた。 下院議員を長く務め、ジェームズ1世のもとで法務長官、大法官と上る。 1621年、収賄で告発され、有罪を認めて全ての職を失った。 訴訟の当事者から贈り物を受け取るのは当時の慣行だったが、 政敵がそこを突いた。
書いたものは、その傍らのものになる。 『随筆集』、『学問の進歩』、『ノヴム・オルガヌム』。 自然を知るには、権威でなく観察と実験を積み重ねろ、と説いた。 自分では実験らしい実験をしていない。
死因は、鶏に雪を詰めて冷凍を試し、風邪をこじらせたためと伝わる。 出典は一つで、本当かどうかは分からない。
『サピエンス全史』は、「知識は力なり」を近代科学の標語として引き、 科学と権力の結びつきの起点にこの人を置く。