概要
空気の窒素から肥料を作る方法を見つけ、いまの人口の半分を養っている。同じ人が毒ガス戦を指揮した。ユダヤ人として国を追われて死ぬ。
関わったできごと(1)
ハーバー・ボッシュ法AD1913年 · 方法を見つけた本文
ブレスラウのユダヤ人の商家に生まれ、化学を学んだ。 1909年、空気の窒素からアンモニアを作る方法を見つける。 土地の限界を化学が外した、と言われる発明になる。
1914年に戦争が始まると、毒ガスの開発を自分から引き受けた。 1915年、イーペルで塩素ガスの放出を現場で指揮した。 その数日後、化学者だった妻クララが自宅で自殺している。 関係は分かっていない。
1918年、アンモニアの合成でノーベル化学賞を受けた。 連合国側からは戦争犯罪人として名が挙がっていた。
1933年、ユダヤ人の職員を解雇せよという命令に従わず、研究所を辞めた。 本人は改宗していて、国に尽くしたつもりだった。 亡命の途中、スイスで死んだ。
いまの人口の半分を養う方法と、化学戦の始まりが、同じ人の手にある。