概要
空気の窒素を肥料に変える工場が動いた。土地が養える人の数が、この日から別の桁になる。いまの人口の半分は、この方法で作った窒素でできている。
場所
ルートヴィヒスハーフェン
49.48°N 8.44°E · ドイツ・ラインラント=プファルツ州
49.48°N 8.44°E · ドイツ・ラインラント=プファルツ州
関わった人(1)
フリッツ・ハーバーAD1868年12月9日–AD1934年1月29日 · 方法を見つけた本文
空気の8割は窒素になる。 植物はそれを使えない。 使える形の窒素は、雷と豆と、鳥の糞の堆積からしか来なかった。
19世紀の末、チリの硝石が世界の肥料と火薬を支えていた。 それが尽きたら人類は飢える、と化学者たちは言った。
フリッツ・ハーバーは1909年、高い圧力と温度と触媒で、 窒素と水素からアンモニアを作る方法を見つけた。 カール・ボッシュがそれを工場の大きさにした。 1913年、ルートヴィヒスハーフェンの隣のオッパウで最初の工場が動く。
翌年に戦争が始まった。 同じアンモニアから火薬が作れる。 海を封鎖されたドイツが4年戦えたのは、この工場のためになる。
いま、地球の人口の半分は、この方法で作った窒素で育った作物を食べている。 人体の窒素の半分は、工場を通ったものになる。
『繁栄』は、これをマルサスの限界を動かした最大の発明に置いた。 同時に、川と海に流れ出た窒素が、いまの環境の問題の一つでもある。
出典(1)
マット・リドレー(大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之 訳) 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』第4章 九〇億人を養う