概要
領事裁判権の撤廃。幕末の不平等条約から36年、井上、大隈、青木と失敗を重ねて、陸奥宗光が日清戦争の2週間前に結んだ。関税自主権の回復は1911年、小村寿太郎まで待つ。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
陸奥宗光AD1844年8月20日–AD1897年8月24日 · 外相本文
1858年。 安政の五か国条約。 領事裁判権、 協定関税(5%)、 片務的最恵国待遇。 「不平等」。 1871年、 岩倉使節団。 「改正の予備交渉」。 アメリカで、 「全権委任状がない」。 帰った。 1878年、 寺島宗則。 アメリカと関税自主権の回復に合意。 イギリスが反対。 流れた。 1882年から1887年、 井上馨。 鹿鳴館。 1886年、 ノルマントン号事件。 イギリスの船が紀州沖で沈み、 イギリス人船員は全員ボートで助かり、 日本人乗客25人は全員溺れた。 神戸の領事裁判、 船長は無罪。 横浜で、 禁固3か月。 「領事裁判権」。 1887年、 井上案。 「外国人判事を大審院に」。 「内地雑居」。 ボアソナード、 谷干城、 「国辱」。 三大事件建白。 井上辞任。 1888年から1889年、 大隈重信。 「大審院に外国人判事」。 ロンドン・タイムズに漏れた。 1889年10月18日、 玄洋社の来島恒喜が、 大隈の馬車に爆弾。 右脚切断。 来島は自刃。 大隈辞任。 交渉中止。 1891年、 青木周蔵。 イギリスが「領事裁判権の撤廃」に応じる姿勢。 大津事件。 ロシア皇太子ニコライを、 巡査津田三蔵がサーベルで。 青木辞任。 1892年、 陸奥宗光。 第二次伊藤内閣。 「対等条約」。 イギリス。 ロシアのシベリア鉄道。 1891年着工。 イギリスは、 ロシアに対して、 日本を。 1894年7月16日、 ロンドン。 青木周蔵駐英公使と、 キンバレー外相。 「日英通商航海条約」。 領事裁判権の撤廃。 5年後に発効。 内地雑居。 関税は、 一部引き上げ。 自主権は、 まだ。 7月25日、 豊島沖。 日清戦争。 8月1日、 宣戦布告。 陸奥は、 戦争の前に、 条約を。 「戦争が先なら、 イギリスは結ばなかった」。 陸奥の計算。 1899年7月17日、 発効。 「外国人は日本の法廷で裁かれる」。 「外国人は日本のどこにでも住める」。 1911年、 小村寿太郎。 関税自主権。 53年。