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Event / できごと

大久保利通の暗殺

Assassination of Okubo Toshimichi
1878年5月14日(明治11年5月14日)
重要度 4

概要

西南戦争の翌年、不平士族に討たれた。維新の三傑がこの2年で全員いなくなる。

場所

江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)

関わった人(1)

大久保利通1830年–1878年 · 当人

本文

紀尾井坂で、6人の不平士族に襲われた。 斬奸状には、公議を抑え民権を圧したこと、 不要な土木事業で国費を費やしたことなどが挙げられていた。

西南戦争の翌年である。 西郷を死なせた側として憎まれていた。

死後、身辺を調べると多額の借財があった。 公共事業の不足分を自分の名義で借りていたためとされる。 私財を蓄えていなかったことが、その時に分かった。

木戸孝允が前年に病死し、西郷が前年に死に、 この年に大久保が死んだ。 維新の三傑が、2年のうちに全員いなくなる。

後を継いだのは、彼らより一世代若い伊藤博文と山県有朋になる。

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