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Person / 人

藤原道長

Fujiwara no Michinaga
AD966年 – AD1028年(享年62・推定)
日本重要度 3

概要

娘を次々と天皇に嫁がせ、摂関政治の頂点に立った。「この世をば」の歌で知られる。

関わったできごと(1)

摂関政治の頂点AD1016年 · 当人

本文

五男で、家を継ぐ順番ではなかった。 兄たちが疫病で相次いで死んだことで回ってきた。

やったのは、娘を天皇に嫁がせることだった。 彰子、妍子、威子。三代の天皇の后になる。 生まれた孫が天皇に立てば、自分は外祖父になる。

「この世をば我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることも無しと思へば」。 三人目の娘が立后した日の宴で詠んだ。 記録したのは、その場にいたライバルの藤原実資の日記になる。 本人の日記には書かれていない。

その本人の日記『御堂関白記』は自筆で残っている。 書かれているのは政務と儀式と体調で、 誤字も書き損じもそのままになる。

晩年は病に苦しみ、法成寺を建てて阿弥陀仏に囲まれて死んだ。 極楽往生を願う気持ちが、 権勢の頂点にいた人の晩年を占めている。