概要
娘を次々と天皇に嫁がせ、摂関政治の頂点に立った。「この世をば」の歌で知られる。
関わったできごと(1)
摂関政治の頂点AD1016年 · 当人本文
五男で、家を継ぐ順番ではなかった。 兄たちが疫病で相次いで死んだことで回ってきた。
やったのは、娘を天皇に嫁がせることだった。 彰子、妍子、威子。三代の天皇の后になる。 生まれた孫が天皇に立てば、自分は外祖父になる。
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることも無しと思へば」。 三人目の娘が立后した日の宴で詠んだ。 記録したのは、その場にいたライバルの藤原実資の日記になる。 本人の日記には書かれていない。
その本人の日記『御堂関白記』は自筆で残っている。 書かれているのは政務と儀式と体調で、 誤字も書き損じもそのままになる。
晩年は病に苦しみ、法成寺を建てて阿弥陀仏に囲まれて死んだ。 極楽往生を願う気持ちが、 権勢の頂点にいた人の晩年を占めている。