概要
ペルガモンの剣闘士の医者から、皇帝の侍医へ。猿と豚の解剖で人体を論じ、その誤りごと1500年の権威になった。
所属
ローマ関わったできごと(1)
ガレノスの医学AD169年(皇帝の侍医になる) · 皇帝の侍医本文
ペルガモンの建築家の子で、 父が夢のお告げで医学を学ばせた。
アレクサンドリアまで行って学び、 帰って剣闘士の医者になった。
4年で、担当の剣闘士の死者を減らした。
ローマへ出た。
公開の解剖で名を上げる。
豚の声帯の神経を切って、 鳴き声を止めてみせた。
皇帝マルクス・アウレリウスの侍医になり、 その息子コンモドゥスも診た。
膨大に書いた。
解剖、生理、薬、診断、そして哲学。
「最良の医者は哲学者でもある」と題した本がある。
人体は解剖できなかった。
猿と豚で代用した誤りが、 そのまま1500年伝わる。
イスラーム世界がアラビア語に訳し、 中世ヨーロッパが逆輸入した。
ヴェサリウスとハーヴェイが誤りを正すまで、 医学は「ガレノスによれば」で語られた。