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Person / 人

鑑真

Jianzhen (Ganjin)
AD688年 – AD763年(享年75・推定)
重要度 3

概要

日本の求めに応じて渡海を五度失敗し、失明してから六度目で着いた。奈良に戒律を伝え、唐招提寺を開く。

関わったできごと(1)

鑑真の来日AD753年 · 渡海

本文

揚州の大明寺の僧で、戒律の第一人者だった。

日本から来た僧が、戒律を授けられる師を求めた。

弟子たちは誰も行こうとしない。

鑑真が自分で行くと言った。55歳。

一度目は密告で船が出ず、 二度目は難破し、三度目は役所に止められ、 四度目は弟子の妨害で流れ、 五度目は嵐で海南島まで流された。

その間に、目が見えなくなる。

六度目、遣唐使の帰りの船に乗って着いた。

754年、66歳。

東大寺に戒壇を築き、聖武上皇と光明皇太后に戒を授けた。

僧が正式に僧になる手続きが、 これで日本に整った。

唐招提寺を開き、そこで死んだ。

死の直前に弟子が作った乾漆の像が残っている。

目を閉じている。