概要
歴史教師から将軍になった。ディエンビエンフーでフランス軍を降伏させ、植民地帝国の終わりを早めた。
関わったできごと(1)
ディエンビエンフーの戦い1954年 · ベトナム側 · 総指揮本文
歴史の教師だった。
軍事の正規の訓練を受けていない。
妻が獄死し、義妹が処刑されている。
ディエンビエンフーで、フランス軍を降伏させた。
盆地の周囲の山に、 分解した大砲を人力で運び上げさせた。
運べないと考えられていた。
包囲する側が、逆に高所から撃たれる形になる。
56日で決着した。
その後、アメリカとも戦った。
テト攻勢は、軍事的には失敗とされる。 だが、アメリカの世論を決定的に変えた。
「我々は10人死んでもよい。 そちらが1人死ねば、そちらが先に音を上げる」 という趣旨の発言が伝わる。
犠牲の大きさを問われ続けた。
102歳まで生きた。
晩年、ボーキサイト鉱山の開発に 公開書簡で反対している。