概要
改革を試み、結果として体制を畳んだ。武力で押さえつけない選択が、冷戦を戦争なしに終わらせる。
関わったできごと(1)
レイキャヴィーク会談AD1986年 · ソ連側本文
農民の家に生まれ、 祖父が二人ともスターリンの時代に逮捕されている。
書記長になったのは54歳で、 それまでの指導者が次々に高齢で死んだ後の、若い選択だった。
ペレストロイカ(立て直し)とグラスノスチ(情報公開)。 体制を壊すつもりではなく、直すつもりで始めた。
情報を開いたことで、 チェルノブイリの実態も、粛清の歴史も、 経済の行き詰まりも表に出た。 直すために開いた蓋が、閉まらなくなる。
東欧で体制が倒れたとき、軍を出さなかった。 1956年のハンガリー、1968年のチェコでは出していた。 出さないという選択が、 冷戦を大きな戦争なしに終わらせた。
国内での評価は低い。 国を失わせた人物として見られている。 外での評価と、内での評価がこれほど違う人も少ない。