概要
天文台と観測機器を作り直し、授時暦を作った。1年を365.2425日とした値は、グレゴリオ暦と同じで、そちらより300年早い。
関わったできごと(1)
授時暦AD1281年 · 編纂本文
水利技師として出発した。 大都(北京)へ水を引く運河を設計し、 それが今の北京の水系の元になっている。
天文では、まず器械を作り直した。 渾天儀は環が入り組んで、目盛りが読みにくく誤差が出る。 簡儀は、必要な環だけを残して開けた構造にした。 17世紀のティコ・ブラーエの器械と、発想が近い。
観測所を全国27か所に置き、同時に観測させた。 北はシベリアに近いところ、南は南シナ海まで。
出した1年の長さが365.2425日。 現在の値との差は26秒になる。
授時暦は、明でもほぼそのまま使われた。 一つの暦が360年以上使われたことになる。
自分の名を残そうとした形跡が少ない。 書物より、器械と運河が残った。