概要
軽い大砲と横に薄い隊列で、三十年戦争の戦い方を変えた。「北方の獅子」と呼ばれ、リュッツェンの霧の中で死ぬ。
所属
スウェーデン帝国関わったできごと(1)
リュッツェンの戦いAD1632年11月16日 · 戦死本文
17歳で王になった。
デンマーク、ロシア、ポーランドと三つの戦争を継いでいる。
一つずつ片づけ、軍を作り直した。
大砲を軽くして、歩兵と一緒に動かす。
隊列を薄くして、火力を横に広げる。
騎兵は撃ってから斬り込む。
1630年、三十年戦争に入った。
プロテスタントの側として、 そしてバルト海の支配のために。
ブライテンフェルトで帝国軍を破り、 ドイツの南まで進んだ。
「北方の獅子」と呼ばれる。
1632年11月、リュッツェン。
霧の中で味方とはぐれ、撃たれた。38歳。
戦争は、あと16年続く。
娘のクリスティーナが6歳で女王になり、 のちに退位してカトリックに改宗する。
その軍制は、ヨーロッパの各国が真似した。