概要
ササン朝に勝った直後、イスラム軍に東方の領土を奪われた。公用語をギリシア語に改める。
所属
東ローマ帝国関わったできごと(1)
ヘラクレイオスの治世610年 · 当人本文
北アフリカの総督の子として、 艦隊を率いて都へ乗り込み、暴君を倒して即位した。
引き受けたのは、崩れかけた帝国になる。 ササン朝にエジプトもシリアもエルサレムも奪われていた。
10年、耐えて軍を立て直した。 教会の金銀を借りて戦費に充てている。
そして反攻に出た。 正面からではなく、 黒海を回って敵の背後へ出る遠征を選んだ。
628年、すべてを取り返した。 持ち去られた聖十字架を、自らエルサレムへ運んで戻している。
その8年後、アラブ軍が現れた。
ヤルムークの戦いで敗れ、シリアを失った。 退くとき「さらばシリアよ、美しい国よ」と言ったと伝わる。
晩年は水を恐れる病に苦しみ、 海峡を渡れなくなったという記述がある。
公用語をギリシア語に改めた。 ローマ帝国が名実ともにギリシア語の国になる。