概要
ササン朝に勝った直後、疲れきったところをイスラム軍に突かれて東方を失う。公用語がラテン語からギリシア語に変わる。
場所
コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール
関わった人(1)
ヘラクレイオスAD575年頃–AD641年2月11日 · 当人本文
ササン朝に、エジプトもシリアもエルサレムも奪われた状態で 即位した。 聖十字架まで持ち去られている。
10年かけて軍を立て直し、 教会の財産を借りて戦費にした。
そして、正面から押し返すのではなく、 敵の背後へ回る遠征を行った。 ニネヴェの近くで勝ち、ササン朝の内紛を誘った。
628年、失地をすべて回復し、聖十字架を返還させた。
その8年後、アラブ軍が来る。
疲れきった両帝国の、どちらにも防ぐ力が残っていなかった。 シリア、パレスチナ、エジプトを、10年で失う。
「私の勝利は何だったのか」と嘆いたと伝わる。
この治世に、公用語がラテン語からギリシア語に変わった。 皇帝の称号も、ラテン語のアウグストゥスから ギリシア語のバシレウスになる。
ローマ帝国が、ギリシア語の国になった時点になる。