概要
疫病のさなかに、修道士だった貴族が教皇になった。ロンバルドと交渉し、穀物を配り、イングランドへ宣教師を送る。教皇が都市の統治者になった始まりで、聖歌に名が残る。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
グレゴリウス1世AD540年頃–AD604年3月12日 · 教皇本文
590年、ローマは疫病だった。
前の教皇が疫病で死んだ。
選ばれたのは、修道士になっていた貴族だった。
もとはローマの都市長官で、 家を修道院に変えて入っていた。
拒んだが、認められなかった。
やったことは、統治になる。
東ローマの皇帝はコンスタンティノープルにいて、 イタリアにはランゴバルドが来ている。
教会の土地から穀物を集め、市民に配った。
ランゴバルドと、自分で交渉した。
皇帝の総督は何もしない。
教皇が、ローマを治めた。
そして宣教師を送った。
イングランドへ。
「アングル人ではなく天使(アンゲル)だ」と 奴隷市場で言った、という話が伝わる。
書いた。
『司牧規則』。司教の心得。
『対話』。イタリアの聖人の奇跡集。
聖歌の整理に関わったとされ、その名が残る。
グレゴリオ聖歌。
「神の僕たちの僕」と自分を呼んだ。