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Event / できごと

西ゴートのカトリック改宗

Visigoths convert to Catholicism
AD589年
重要度 3

概要

王レカレドが第三回トレド教会会議でアリウス派を捨てた。ゴートの支配層と、ローマ系の住民の宗教が一つになる。250年ずれていた信仰が揃い、以後、トレドの教会会議が国を動かす。

場所

トレド
39.86°N -4.03°E · スペイン

本文

西ゴートは4世紀にウルフィラの伝えたアリウス派のまま、 ヒスパニアに入っていた。 支配する側はアリウス派、 支配される側のヒスパノ・ローマ人はカトリック。 250年、そのままだった。

王レオヴィギルドは強い王で、 スエビ王国を滅ぼし、ヒスパニアの大半を一つにした。 アリウス派に統一しようとし、 カトリックに改宗した長男ヘルメネギルドが反乱して、 捕えて殺した。 585年。

次の王レカレドは、父の死の翌年、587年にカトリックに改宗した。 589年5月、第三回トレド教会会議。 王と王妃と、8人のアリウス派司教と、貴族たちが、 ニカイア信条に署名した。 セビリャの司教レアンデルが説教した。 イシドルスの兄にあたる。

以後、トレドの教会会議は国の議会を兼ねた。 王が司教を集め、法を作り、王の選出を認めた。 第4回から第18回まで、7世紀の間に。 ユダヤ人への迫害の法も、ここで作られた。 強制改宗、子供の取り上げ。 711年にアラブが来たとき、ユダヤ人が門を開けた、と伝わる。

ゲルマンの王国とローマの住民の宗教が一つになった、 一番はっきりした形になる。 フランクは496年に先に、 ランゴバルドは7世紀に遅れて、同じことをする。

同じ時代のできごと

北周の廃仏AD574年蘇我氏と物部氏の戦いAD587年隋の中国再統一AD589年グレゴリウス1世の即位AD590年推古天皇の即位AD592年アウグスティヌスのケント布教AD597年十七条憲法AD604年ハルシャ王の北インド統一AD606年