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Event / できごと

蘇我氏と物部氏の戦い

Soga–Mononobe conflict
AD587年
重要度 3

概要

仏教を受け入れるかどうかで二つの豪族が争い、蘇我氏が勝った。厩戸皇子が加わっていたと『日本書紀』は書く。以後、蘇我氏の下で仏教と大陸の制度が入ってくる。

場所

平城京
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県

本文

仏教が入って50年。

受け入れるかどうかで、豪族が割れていた。

蘇我氏は受け入れる側。

渡来人を抱え、大陸の技術を握っている。

物部氏は退ける側。

軍事と、神々の祭祀を担う。

疫病が起きると、仏のせいだと寺が焼かれた。

用明天皇が死んだ。

後継をめぐって、争いになる。

587年7月。

蘇我馬子が諸皇子と豪族を集めて、物部守屋を攻めた。

守屋は河内の館で迎え撃つ。

木の上から矢を射て、蘇我側が三度退いた。

14歳の厩戸皇子が、 白膠木で四天王の像を刻んで戦勝を祈った、と 『日本書紀』は書く。

守屋が射落とされた。

物部氏は倒れた。

蘇我氏の下で、寺が建ち、大陸の制度が入る。

法隆寺の前身の四天王寺が、 その願いから建った、と伝わる。

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