概要
「元始、女性は実に太陽であった」。『青鞜』を創刊し、女性が自分の言葉で書く場を作った。
関わったできごと(1)
『青鞜』の創刊AD1911年9月1日 · 創刊本文
1911年、『青鞜』の創刊号にこう書いた。 「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。 今、女性は月である。他に依って生き、 他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である」
雑誌は与謝野晶子の詩から始まり、 女性だけで作られた。 発禁になった号もある。
母性の保護を国が担うべきだと主張し、 経済的自立を先に置く与謝野晶子と論争した。 どちらが正しいというより、 女性が何を足場にするかという問いが分かれている。
戦後は平和運動に移った。 1963年、新日本婦人の会を作っている。77歳だった。