概要
70歳を過ぎてから富嶽三十六景を描いた。90年で30回改名し、93回引っ越したと伝わる。
所属
日本関わったできごと(1)
『富嶽三十六景』1830年 · 当人本文
90年生きて、30回改名し、 93回引っ越したと伝わる。
『富嶽三十六景』を描いたのは、70歳を過ぎてから。
その青は、ベロ藍(プルシアンブルー)による。 輸入された人工の顔料になる。
安く、褪せない。
それが手に入るようになった直後に、この連作が出た。
「画狂老人卍」と名乗った時期がある。
75歳のときの跋文に、こう書いた。
6歳から物の形を写す癖があり、 50歳から多く作品を出したが、 70歳より前に描いたものは取るに足らない。 73歳でようやく生き物の骨格が少し分かった。 80歳でさらに進み、 90歳で奥義を極め、 100歳で神妙の域に至るだろう、と。
死の間際、 「あと5年あれば本物の絵描きになれた」と言ったと伝わる。