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Person / 人

デイヴィッド・ヒューム

David Hume
AD1711年5月7日 – AD1776年8月25日(享年65)
イギリス重要度 3

概要

原因と結果は習慣で結びつけているだけで、必然は証明できないと論じた。カントが「独断のまどろみから覚まされた」と書いた相手になる。

関わったできごと(1)

『人間本性論』AD1739年 · 著者

本文

エディンバラの人。

28歳で『人間本性論』を書いた。

「印刷機から死産で生まれた」と自分で書くほど、売れなかった。

主張は、哲学の土台を揺らすものだった。

原因と結果は、 一方のあとに他方が来るのを何度も見たから 結びつけているだけで、 必然を見ているのではない。

明日も太陽が昇ると信じるのは、 理性ではなく習慣になる。

自我も、知覚の束にすぎない。

無神論者と見なされ、 大学の教授職には二度落ちた。

『イングランド史』で生活の糧を得た。

パリでサロンの人気者になり、 ルソーをイギリスに連れ帰って、 ルソーの妄想で絶交された。

アダム・スミスの親友だった。

カントが、この人の本で 「独断のまどろみから覚まされた」と書いている。

死ぬ前、平然としていたことが記録されている。