概要
コルドバの法官にして医師、そしてアリストテレスの注釈者。ラテン世界では「注釈者」とだけ呼ばれた。
関わったできごと(1)
イブン・ルシュドのアリストテレス注釈AD1180年頃 · 著者本文
コルドバの法官の家に生まれた。
祖父も父も大法官で、本人もその職に就いた。
同時に医師で、天文も学んでいる。
カリフに、アリストテレスの注釈を頼まれた。
ギリシア語は読めない。
アラビア語訳を通して読み、 それでも本文と注釈を書き分ける精密な仕事をした。
ラテン世界では、名前ではなく 「注釈者(Commentator)」とだけ呼ばれる。
ダンテが『神曲』に置いている。
主張の一つが、哲学と啓示は矛盾しないというものになる。
どちらも真理に至る道であり、 言葉づかいが違うだけだ、と。
イスラーム世界では、この立場は主流にならなかった。
一時追放され、著作が焼かれている。
読み継いだのは、ラテン世界とユダヤ世界だった。