概要
公家から討幕を画策し、王政復古の大号令を実現させた。
関わったできごと(2)
王政復古の大号令1868年1月3日(慶応3年12月9日) · 主導岩倉使節団1871年 · 全権大使本文
下級公家の出で、家格では発言力を持てない立場だった。
はじめは公武合体を進め、 和宮の降嫁を実現させた。 そのため尊攘派から幕府寄りと見なされ、 一時は洛外に追放され、5年間蟄居している。
その間に薩摩と結び、討幕へ転じた。 王政復古の大号令も、小御所会議での辞官納地も、 彼が押し切っている。
明治政府では右大臣として、 使節団の全権となり欧米を回った。 出発時は和装に髷だったが、 シカゴで息子に説得されて洋装に改めたと伝わる。
500円札の肖像に長く使われた。